スピードの物語
1964年は日本の現代史における重要な年として知られるが、同年にメディア理論家のマーシャル・マクルーハンが『メディア論』を出版している。その「時計」について論じる章では、職業が労働の分割から始まったように、持続するものとしての時間の感覚は時間の分割から始まったという。そして、時間を分割する時計とは、「流れ作業のパターンにもとづいて画一的な秒、分、時間を作り出す一個の機械」である。このように画一的に扱われることで時間は人間の経験のリズムから切り離されてしまう。時計は、宇宙のイメージを数値で計量可能なもの、機械的に制御可能なものとすることに寄与する。それもあってなのか、1871年のパリ・コミューンの際には、一部のアーティストを含むパリの人々が街の塔の時計を銃撃した。しかし、それから100年以上が経過した今日、資本主義の機械のリズムが、文化的アイデンティティを均質化したグローバル文化へと徐々に悪化させる原因となっているだけでなく、労働のリズムによって体系的に搾取され、うつ病や自殺に至ることも少なくない数多くの慢性疾患や肉体の劣化を加速させる原因となっていることを、私たちはより一層認識している。いまや非常に蔓延しているこうした障害は、恒常化したストレスによって引き起こされており、資本主義そのものが医薬品、福祉、娯楽産業を通じて利益を得ることにつながっている。本展の作品群は、アーティスト自身の実践を通じてこれらの現象と向き合い、自身の時間を遅らせ、回復させる可能性を示している。




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