若林奮 森のはずれ

幾重もの思索に裏打ちされた作品により戦後日本の彫刻を牽引し、現代美術において大きな足跡を残した若林奮(1936–2003)。一見すると寡黙で無機的な様相の彫刻は、その奥に自然や空間、時間、距離、表面、境界など、私たちを取り巻く普遍的で形を持たない事象を内包し、没後20年となる今もなお、自身と周縁世界との関わりをめぐって、私たちが考え、向き合うべき多くを語りかけてくれます。
若林は1973年から74年の滞欧中、幾たびも訪ねた旧石器時代の洞窟遺跡の周辺で、いわば風景や背景として集約されてしまうような、地層や植物、動物、気象などに出合います。この経験から、事物そのものではなく、事物のなかの空間、事物と事物の間などの周縁に一層関心を向けるようになり、以降の制作の方向性に大きな影響を受けます。

滞欧を終えて帰国した数ヶ月後の1975年から84年まで、若林は武蔵野美術大学の共通彫塑研究室で教えます。在任期間には、晩年まで通底する概念となる「振動尺」から、〈所有・雰囲気・振動〉シリーズまで、彫刻とはなにかという根源的な問いを考える上で重要な作品が多く生まれました。

1981年に若林は自分自身のために、学内にある工房内に鉄板をたて10畳ほどの空間、通称「鉄の部屋」を作り、部屋の内と外を行き来して、思索と制作を重ねます。その後「鉄の部屋」の周囲を鉛で覆い、周辺に植物や大気を表す鉛の板やキューブを配置して《所有・雰囲気・振動─森のはずれ》(1981–84年)として発表しました。それは、自身と対象との間の距離を測るものさしである「振動尺」の概念を延長し、上下左右広がりのある空間として領域の認識を試みたものでした。若林が彫刻観を拡張させるきっかけとなった極めて重要な本作を、本展では約30年ぶりに展示します。

また、おなじく自然の精緻な観察をとおして生まれた〈Daisy〉シリーズは地上、あるいは地下へ伸張される角柱を基本形態として、植物そのものの構造を想像させる彫刻です。ともに自然から示唆を得ながらも〈所有・雰囲気・振動〉シリーズとは彫刻形態へのアプローチが異なり、若林彫刻のもう一つの重要な展開を示すものです。
本展では《所有・雰囲気・振動─ 森のはずれ》と〈Daisy〉シリーズ一作目である《Daisy I》(1993年)全10点、2つの系譜の彫刻が当館のひと続きの空間に対置されます。さらに2作品再考の糸口となる彫刻やドローイング、小品を展示することにより、若林彫刻の核といえる「自然」をめぐる諸相を読み解くことを試みます。

「自分が自然の一部であることを確実に知りたいと考えていた」という若林が、世界をどのように知覚し、そこで見出した形ないもの、概念、矛盾をいかに彫刻化したのか。若林が「森のはずれ」に思索を重ねたここ武蔵野の地で、若林彫刻の意義を再考します。

アーティスト
若林奮(わかばやし・いさむ)
主催
武蔵野美術大学 美術館・図書館
監修
袴田京太朗(武蔵野美術大学 造形学部油絵学科教授)、伊藤誠(武蔵野美術大学 造形学部彫刻学科教授)、戸田裕介(武蔵野美術大学 共通彫塑研究室教授)
助成
芸術文化振興基金
特別協力
WAKABAYASHI STUDIO
会場
武蔵野美術大学 美術館・図書館
公式サイト
若林奮 森のはずれ

撮影 : 山本糾

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