未完の始まり:未来のヴンダーカンマー

博物館は展示物によって国や地域の伝統、自然、記憶を可視的に配置し、美術館は美術作品によって芸術の歴史を 跡付け、美的な経験をもたらします。博物館や美術館などのミュージアムは、展示品をもとの場所や文脈から切り離し、 白い空間の透明な格子に置き直すことで、体系的な分類と逸話的な統合を行います。そして、読むことではなく見ることを通じて、ひとつの歴史や価値を伝えます。


ミュージアムの原型といわれる「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」は、15世紀のヨーロッパで始まりました。絵画や彫 刻に加え、動物の剥製や植物標本、地図や天球儀、東洋の武具や陶磁器など、世界中からあらゆる美しいもの、珍しい ものが集められたこの部屋は、見知らぬ広大な世界を覗き見る、小さいながらも豊かな空想を刺激する展示室でした。 しかし、大航海時代の始まりとともに他文化から持ち込んだ事物で構築されたヴンダーカンマーには、集める側と集 められる側の不均衡や好奇のまなざしも潜んでいました。18世紀の啓蒙の時代に博物館と美術館は分化され、今日の 公共施設としての制度が確立しますが、このときミュージアムの収集や設立資金を支えていたのも、さらに拡大した植民地でした。植民地主義はミュージアムの基盤になっただけでなく、ここから地球規模の物の流通、技術や情報の伝 播も始まり、時を追うごとに速度と規模を増して現在に至っています。


グローバル化が進み世界が均質化していくなかで、美術館や博物館はいかに文化や伝統を伝え、またどのように他文化や他民族と出会ってもらえるでしょうか。産業都市におけるミュージアムとして、情報や移動技術の急速な進展と人間の未来について考えることも、大きな課題といえます。かつて「博物館行き」は物の終焉を意味する言葉でしたが、 本展の作家たちは、歴史や資料を調査・収集し、彫刻やオブジェ、映像とともに再構成することで、時を超えた事物の編み直しを試みます。豊田市美術館の隣に新たに博物館が開館するにあたり、世界の不均衡から始まったミュージア ムの未完の現在地から、ひとつの歴史や物語に収斂することのない、未来に向けたポリフォニーを目指します。

アーティスト
ガブリエル・リコ タウス・マハチェヴァ 田村友一郎 リウ・チュアン ヤン・ヴォー
主催
豊田市美術館
協力
AGC株式会社、ANTENNA SPACE、PERROTIN、タグチアートコレクション、 TAKE NINAGAWA、豊田カントリー倶楽部
会場
豊田市美術館
公式サイト
未完の始まり:未来のヴンダーカンマー

撮影 : Keizo Kioku Courtesy of the artist and Perrotin