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タイガー立石(立石紘一/立石大河亞)

1941(昭和16)年、福岡県田川市生まれ。1963(昭和38)年、武蔵野美術短期大学芸能デザイン科卒業。同年の「第15回読売アンデパンダン展」に巨大レリーフ作品《共同社会》を出品してデビュー。1964(昭和39)年2月に初個展「積算文明展」(サトウ画廊)を開催。3月に中村宏と「観光芸術研究所」を設立。時代や社会を象徴する人物やイメージなどを多彩に引用して描かれたこの時期の作品は、和製ポップ・アートのさきがけとして注目を集めました。65年からは漫画も描きはじめ、「タイガー立石」のペンネームで雑誌や新聞にナンセンス漫画の連載をもつまでになります。60年代末から多くの子どもたちが口にした「ニャロメ!」という言葉は赤塚不二夫(1935-2008)と交流があった立石の造語でした。
 しかし、マンガ家として活動が多忙になった1969年3月に、立石は突如としてミラノへ移住。そこから延べ13年にわたるミラノ時代は、マンガからヒントを得たコマ割り絵画を精力的に制作する一方、デザイナーや建築家とのコラボレーションで数多くのイラストやデザイン、宣伝広告などを手がけていきました。
 イラストレーターとしての活動が多忙になってきた立石は再び環境を変えるため1982年に帰国。85年から千葉・市原を拠点に活動します。90年以降は絵画や陶彫作品を「立石大河亞」、マンガや絵本を「タイガー立石」の名義で発表していきましたが、1998年4月に56歳という若さでこの世を去りました。
 立石の作品はどの時期のものであっても、さまざまなできごとや観念が地層のようにつみ重なっています。このため、「見る」だけではなく「読む」ことによって、作者がつくり出した世界だけでなく、わたしたちの思考の回路も多次元にひろがるかのようです。

サムネイル写真 :
牧原利明 1995(平成7)年