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加地為也

長らく生年不詳であったが、1880年のアメリカ合衆国国勢調査記録から逆算して、1851年生まれであると推定。紀州藩最後の藩主徳川茂承に仕えた加地匡郷を兄に持つ。1875年、サンフランシスコに渡り、西海岸のサンタ・カタリナ島で測量調査に助手として従事したのち、建築製図、油彩を学んだ。1885年にイギリス経由で渡独。1889年4月に帰国後は、日本初の洋画美術団体である明治美術会に参加。1890年の第3回内国勧業博覧会では審査員を務め、明治美術会の教場(のちの明治美術学校)絵画科教授として後進の指導にあたるなど、洋画界で中心的な役割を果たし始めたが、1894年11月没。アメリカで絵画を学んだ最初の日本人として名を残した。なお加地姓を発音からアルファベット表記にすればKajiとなるが、本人のサインに従った表記であるKagiが通例となっている。

加地為也《朝の飲水》 :
1880年 油彩、キャンバス スタンフォード大学カンターアートセンター蔵